まくら工場の秘密

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まくら工場の秘密

 そのとき私は、まくら工場で働いていた。    *  その工場は、陽あたりのよい丘の上にあった。そこで作られたまくらは、派手に宣伝をしているわけでもないのによく売れた。 「よいまくらは、存在を主張しません。そこにあることを忘れさせるのです」  出勤初日、老年の工場長はそう言って私に検針の仕方を丁寧に教えた。  仕事をする際は白い帽子に白いマスク、白衣を着用すること。ベルトコンベアで流れてくるまくらはやさしく静かに持ち上げること。まくらの表面に爪を立ててはいけないこと。指の腹で丁寧に隅々までまくらを撫でること。指先に異変を感じたらすぐに報告のベルを鳴らすこと。隣の人とは必要以上の会話をしないこと。 「以上の就業規則を遵守できない場合、すぐに辞めていただきます」  工場長は穏やかに微笑み、静かに話を締め括った。  この工場で作られるまくらは、たったひとつに限られる。雲のように白くふっくらとした、縦三十センチ、横五十センチほどの大きなものだ。    初めてまくらを手に取ったとき、その軽さに驚いた。見回りに来た工場長に中身を尋ねると、工場長は曖昧に笑った。 「それは企業秘密です。検針の方々にも、教えることはできません」 「この工場でも、知っている人は少ないのですか」 「その通りです」  私は無言で頷き、大人しく仕事へ戻った。  検針の仕事場では皆が黙々とまくらを手に取り、愛おしそうにそれを撫でている。しかし、静寂な空間で規則正しく流れる白いまくらを眺め、単純な作業に従事していると、瞼が重くなるのは必然であるらしい。耐えることのできない睡魔に、否応なく仕事を辞める人も多いと聞いた。
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