1742人が本棚に入れています
本棚に追加
結局、マサくんとは別れ、私はあの社宅を出て実家に戻ることにした。
私たちが別れると決めた後、マサくんはうちの両親に土下座して謝った。
『二年前に会社の同僚と浮気しました。サユさんの信頼を裏切って傷つけてしまい申し訳ありません。結婚を取り止めることになり、ご両親にもご迷惑をおかけしてすみません』と。
もちろん、その前に私は自分がレイプされて妊娠したことも、マサくんに費用を出してもらって中絶したことも打ち明けていたから、うちの親が一方的にマサくんを責めることはなかった。
「別に……別れなくてもいいだろう。これから二人でやり直せば。」
父はボソッとそう言ったけれど、マサくんは頑として首を縦には振らなかった。
「僕が裏切ったことをサユさんは一生忘れられないと思います。サユさんにそんな辛い思いをさせるぐらいなら、いっそ僕のことなんか忘れてくれればいいと思うんです。だから、もうサユさんとは一緒にいられません。」
それは私の考えとまったく同じだった。
後悔や罪悪感でマサくんの胸が圧し潰されそうになるぐらいなら、別々の人生を歩んで行く方がいい。
とは言うものの、結婚式を直前でキャンセルした痛手は思いのほか大きかった。
キャンセル費用は全部マサくんが負担してくれたけれど、新婦側の招待客全員にお詫びの電話を入れ、事情を説明するのは精神的に辛かった。近所のおばさんたちには出戻り扱いされるし。
ぽっかりと胸に空いた穴はなかなか埋まらない。
マサくんと付き合い始めて十年。楽しい時も辛い時も、いつも思い浮かぶのはマサくんの優しい笑顔だった。
心の支えだった面影も、月日と共に朧気な記憶となっていく。
――それでも、人は前を向いて進んで行くしかない。
最初のコメントを投稿しよう!