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「こんばんは。加納くんのお迎え?」
「はい。……あの、お疲れ様です。」
マサくんよりも背の高い岡崎さんは、ちょっと威圧感がある。
会釈するとぐっしょり濡れた革靴が目に入って来て、岡崎さんが傘を持っていないことに気がついた。
「良かったらお使い下さい。」
私が差し出したのはマサくんの傘だ。私の傘は婦人物にしては大きいから、きっとマサくんと相合傘しても大丈夫だろう。
「ありがとう。紗雪ちゃんは優しいね。」
「いいえ、そんなこと……」
奥さんは完全に『小雪』だと思い込んでいるのに、旦那さんの方はちゃんとわかっていたんだ。
それが何だか可笑しくて、微笑みを浮かべて首を横に振った時だった。
「瑛次郎!」
駅のコンコースにヒステリックな甲高い声が響いた。
黒い紳士物の傘を持った華絵さんが、ヒールを鳴らして私たちの方に駆け寄ってくる。その必死の形相にギョッとした。
「これ、返すね。」
岡崎さんはそんな華絵さんを見ても動じることなく、私が渡した傘を返して来る。それを受け取ろうとした私の頬を、華絵さんが叩いた。
「あなた、何してるの!? 人の夫を寝取るつもり!?」
「落ち着け。彼女は加納くんを迎えに来ただけだ。」
「嘘よ! あなたに傘を渡してたじゃない。」
「俺が傘を持ってなかったから貸してくれようとしただけだよ。」
「嘘! 私、見てたんだから。二人が微笑み合っているのを。」
声高に詰め寄る華絵さんと、それを宥める岡崎さん。私はジンジンと痛む右頬に手を当てたまま、二人のやり取りをぼんやり見ていた。
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