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「サユさん!?」
駅の雑踏に交じったマサくんの声が、過去の忌まわしい記憶から意識を引き戻してくれた。
目の前には泣きわめく華絵さんと、宥める岡崎さんが立っていて、戸惑った顔のマサくんが改札から歩いてくる。
「お疲れ様です。」
マサくんは岡崎夫妻に挨拶した後、私の顔を見て目を見開いた。
「そのほっぺ、どうしたの!?」
「加納くんが喋っちゃったから、仕返しにこの女、私の夫に手を出そうとしたんでしょ!? 私には黙ってろって口止めしたくせに!」
マサくんを大声で詰った後、華絵さんはハッと我に返ったように口に手を当てた。
――え……どういうこと? 口止めって?
認めたくない情報が入ってくると、人の脳は機能を止めてしまうのかもしれない。
茫然自失の私たちの前で、岡崎さんが華絵さんの肩を揺さぶった。
「おまえ、酔ってるみたいだな。瑛太は実家か?」
岡崎さんの問いかけに、華絵さんはコクコクと頷く。
「紗雪ちゃん、ほっぺゴメンね。許してやって。じゃあ、俺たちは子どもを迎えに行くからこれで」
さっさと立ち去ろうとする岡崎さんの腕をマサくんが掴んだ。
「いや、岡崎さん、そんな軽く言われても。華絵さんが紗雪を叩いたんですか?」
「ちょっとした誤解だよ。これ以上ここで揉めるのは君にとってもマズいだろ?」
岡崎さんに促されて周りを見回すと、いつの間にか野次馬が遠巻きにして見ている。
「マサくん、もういいよ。大したことないから。」
「でも……」
渋るマサくんの腕を強く引っ張って、家へと向かわせる。
一瞬、岡崎さんと目が合った。私を憐れむような目。
――そうか、この人はとっくに気付いていたんだ。華絵さんとマサくんの間に何かあるってことを。
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