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駅のコンコースを出ると、皮肉なことにあれほど降っていた雨はすっかり止んでいた。
マサくんは二本の傘を持ってくれようとしたけれど、私は差し出されたその手に自分の手を重ねた。
「私、岡崎さんが傘を持っていなかったから、貸そうとしただけだったのに」
「うん。」
「後から迎えにきた奥さんが誤解して」
「うん。」
「傘渡しただけで、『寝取るつもり?』なんて言われて」
「……うん。」
「奥さん、よっぽど旦那さんのことが好きなんだね。」
「サユさん、ほっぺ痛かったでしょ?」
「……今も痛いよ……」
頬じゃなくて胸が痛い。
どうして旦那さんへの華絵さんの愛にだけは、『うん』って言ってくれないの?
どうして華絵さんは私が旦那さんを寝取ると思い込んだの? 仕返しって何?
マサくんは何を口止めしたの?
どうして? どうして?
胸の中に【どうして?】が溢れて、張り裂けそうで痛い。
それなのに、マサくんは【どうして?】を追加した。
「僕のこと、殴っていいよ。」
「どうして?」
「二年前、華絵さんを抱いた。」
握られていた手を放されると、私たちは並んで歩いているだけの他人みたいだ。
ううん。手を繋いでいても、ずっと裏切られていたんだ。それって他人の方がまだマシなんじゃない?
「酔った勢いで一度だけ。ごめん。」
マサくんの【ごめん】が頭の中をすり抜けていった。
心を置き去りにして、足だけが家へと向かっていく。
でも、そこはもう私の帰るべき家じゃないような気がした。
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