冬の朝

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「私、余計なことを言っちゃったかしら。」 私が返事もせずに俯いていたせいで、奥さんに気を遣わせてしまったようだ。私は首を振って、ベビーカーの中を覗き込んだ。 「可愛いですね。男の子ですか?」 「ええ。瑛太っていうの。主人が瑛次郎なんで『瑛』の一文字を取ったんだけど、太いっていう字はマズかったかも。名は体を表すって言うでしょ?」 確かに瑛太くんは丸々と太っているけれど、赤ちゃんらしくていいと思う。それに、きっと大きくなればご両親のように痩せるだろうし。 「あ、僕たちは南口に行くので。」 駅に着くとマサくんは足を止めて、改札に向かう岡崎夫妻に声を掛けた。 奥さんと話しながら、つい一緒に改札の方に行こうとしていた私は慌ててマサくんの方に駆け寄った。ちょっと恥ずかしい。今日は南口の健診センターの下見に行くって言っていたのをすっかり忘れていた。 「じゃあ、またな。同じマンションだから、これからちょくちょく会うことになるだろうし。」 「ここ、ゴミの分別が細かくて驚いたでしょ? わからないことがあったら、いつでも訊いてね。携帯の番号、変えてないから。」 何となく…… 奥さんが『いつでも訊いてね』と言いながら、私ではなくマサくんを見ていたことに違和感のようなものを感じた。 確かに奥さんの電話番号を知っているのは私ではなくマサくんだ。でも、ゴミ出しは私の仕事なんだけどな。岡崎家は違うみたい。 ミニスカートにロングブーツの奥さんの後ろ姿を見送りながら、ため息が零れた。妊娠・出産を経ても体形を維持していられるなんて羨ましい。 ホルモンバランスが乱れたせいか、私は中絶後太りやすい体質に変わってしまったみたいで、二年経った今でもぽっちゃりしたまま痩せられないでいる。 高校時代、スタイル抜群だった私を好きになったマサくんが、この身体に幻滅して離れて行かないのが不思議なぐらいなのだ。
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