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「被害を食い止めたんですよ、最小限に。マルヒが手をかけていた家の小さな門は、我々がちょっと前の時間に訪問した家庭でした。あの時間帯に灯がついていた数少ない家だったからです。マルヒはそこへ逃げ込もうとしていたようです。もしあの家族が人質にされ、犯人が籠城するようなことになれば、事態さらに悪化し、マルヒの確保にも時間がかかり、その上、被害者がさらに出ていたかもしれません。巡査長は、私が駆けつけた時には、体中を刺されて血まみれで身動き出来る状態ではありませんでした。マルヒの足を撃って、家へ逃げ込むのを制止したのです。その後、死力を振り絞って、マルヒを確保までしています。巡査長は、あの家族を救ったと言っても過言ではありません。自らの命を捨てて…」
「死力か…」
監察官は倉沢巡査の言葉を反芻した。
自らの引きずっている片方の足を見つめながら、昔、覆面バイク部隊を目指していた頃の自分を、吉沢監察官は思い出していた。
高速道路で無謀な酔っぱらい運転をし、ハイスピードで飛ばした上に、逆走までする暴走車を制止しようと、白バイで追いかけ、暴走車が激突しようとした家族連れのセダンの間に入り込み、何とか激突を制止した代わりに、吉沢自らが暴走車に轢かれ重症を負った。
所謂、受傷事故だ。
結局、その後足は治らず、高速隊に戻ることは出来なかったし、覆面バイクどころか白バイに乗ることも出来なくなり、内勤である、この警務部人事一課に配属になった。
警務部は、受賞者やエリートが配属される出世コースの部署でもあるが、問題を起こし、懲戒処分になった者が飛ばされる部署でもあり、謂わば両極端の存在が同居する部署だ。
吉沢は、暴走車の激突を制止して、家族連れのセダンを無傷で救ったという評価もあったが、スピードを飛ばし、無理な追跡をしたという批判もされ、評価はグレーゾーンに放り込まれた。
そこで、警務部へ配属されてからも、どっちつかずの立場にさらされた。
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