聖母被昇天の大祝日、八月十五日を控えて

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《ああ、イクコ、ササノ。ごめんね、ごめんね。お母さんは、まだこっちに残らんばとよ》  可愛いらしい翼の生えている二人の娘を両手で優しく抱きしめた後に、緑は宙に浮いたまま、駆け出した。 《とにかく、あの人のもとにいかんば。大学病院にいかんば》 「お母さーん」、「お母ちゃーん」と緑の好物の郁李の実を手にしている長男が、緑手製の衣服を着せた人形を抱いている次女が、三山木場の借家の縁側から叫んでいるのがわかった。 《マコトも、カヤノも、無事でよかった。お母さんは、お父さんば助けにいくけんね》  人家も、医科大学の校舎も、木造の建物はことごとく潰され、燃えている。横縞の煙突の一本が曲がっているものの、迷彩の施されている大学病院の鉄筋の建物はいずれも崩れていないようだった。  緑は、一安心するも、燃え盛る炎に飲み込まれそうな無数の死体や負傷者が眼下に倒れていることに気づいた。裂かれた服を着ている者もいれば、裸の者もいる。髪が縮れている。顔が黒焦げになっている。眼球が飛び出ている。手足や胴体が赤く黒く膨れ、皮がずる剥けになっている。腹が裂かれ、腸が露出している。首がもがれた死体もある。血塗れの子どもの片方しかない手が引きつっている。     
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