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助けて、水が欲しか、寒か……と微かな声が聞こえてくる。緑は、素通りするのに耐え難くなり、酸鼻の極みの原子野の地面に降りようとしたが、寸前のところで叶わない。負傷者にも触れられない。ごめんなさい、ごめんなさい……と謝ることしかできなかった。
爆心地から六百メートル強の距離にある長崎医科大学付属病院は、鉄筋コンクリートの原型こそ留めてこそいたものの、爆風で窓ガラスがことごとく砕かれ、建物内部を掻きまわされていた。本館大玄関前広場に人体らしき物が立ち、座り、あるいは転がっている。緑は、目を背けて空を見上げた。なおも厚い原子雲で覆われている。
《よかった。生きとらした……》
隆は、本館一階の大廊下にいた。二階のラジウム室で、教材として講義で使うレントゲン写真を整理していた最中に被爆し、造作なく窓ガラスを突き破った爆風に吹き上げられ、天井板、棚、机、椅子などの下敷きになり、一時的に生き埋めになったものの、なんとか自力で這い出て物理的療法科の教室員と合流していた。無数のガラス片切創が、白衣の右半分と右足のゲートルを血で染めている。
久松婦長が隆の頭部に斜めに巻かれた真っ赤な三角巾を取り、台湾人で新米の施医師が傷口にヨーチンを塗って圧縮タンポンをつめた。二人がかりで新しい三角巾を固くしめなおすも、血は止まらない。白地に赤い同心円を描いていき、頬や顎から滴る。
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