聖母被昇天の大祝日、八月十五日を控えて

17/22

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
 隆は、眩暈を覚えた。次なる負傷者等を、もう背負えそうにない。数度の応急手当の甲斐もなく、こめかみからの出血は止まらなかった。多量の放射線を浴びたため、宿酔に似た症状もある。 「なにもかも、終いばい……」  大学病院も――これまでの研究の成果も、苦楽をともにしてきた器械等も――、炎に包まれてしまった。見わたせば、浦上の町は真っ赤だ。揺れていた視界が反転する。隆は、芋畑の隅で仰向けに倒れた。暗赤色の原子雲が目に映る。緑は、即座に寄り添ったが、夫に触れることを許されない。 《だれか、だれかきて!》  近くにいた施医師が、隆の急変に気づいて駆け寄る。芋畑に登ってきた久松婦長も、担いでいる負傷者を寝かせた後に飛びつく。二人は、変色しきった三角巾を解くも、手の施しようがない。鮮血は、こめかみから溢れつづける。隆は、遠のいていく意識の中で妻を想っていた。緑の霊魂は側にきて久しいが、気づくことを許されない。 (御堂に告白にいって、赦しば頂いといたやろうか) 《頂きましたよ。今朝方、空襲警報の発令される前にいってきました。あなたは、今日の午後にいくはずだったとでしょう。だけん、まだ死んだらいかんとです》     
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加