聖母被昇天の大祝日、八月十五日を控えて

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 緑は、宙に浮き上がり、あたりを見まわした。二段上の芋畑で別の救護班を指揮している顔見知りの調外科教授を見つけ、飛んでいく。調教授は、血塗れで倒れている隆とその一同を目にし、駆けつける。緑は、傍らで祈った。側頭動脈を緊縛する手術が成功し、ようやく出血は止まった。  別の負傷者の手当へと去っていく調教授に、緑は丁重にお礼の言葉を述べた。胸を撫で下ろし、頭部に包帯を幾重も巻かれて横になり昏睡している夫を見守りつづけた。  明くる十日の早朝、原子雲は去っていた。真夏の青天が現れつつある。昏睡から目覚めた隆は、なんとか上体だけを起こし、金比羅山の腹から浦上の町を見下ろした。田畑や草木の緑も、家並も消えている。工場はひしゃげた鉄骨だけが残っていた。無数の小さな丘や谷は白い灰に覆われ、崩れた天主堂から昨夜半に上がった炎が紅一点をなしている。点在する鉄筋の建物が、段々の石垣が、かろうじて道が確認できた。森山の家は、中程で折れて焼けた二本の大木の幹しか残っていない。 (森山の家の緑も、すべて、燃えつきたごたる……。オイは、これから、どがんすればよかとやろうか)  隆は、また意識を失った。崩れるように、上体は芋畑に臥した。 《……》  緑は、深傷を負った夫のために、他の負傷者や死者のために、隆の側でただ祈りつづけることしかできなかった。     
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