聖母被昇天の大祝日、八月十五日を控えて

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 昼下がりにいったん目覚めた隆は、米軍機が空から撒いたビラで、よもや完成に至っていまいと思っていた原子爆弾が浦上に投下されたことを知り、また昏睡に陥った。  翌十一日、灼熱の太陽の下で、隆は教室員を指揮した。大学病院内に仮設された陸軍病院に負傷者等を運び、無数の死体を荼毘に付す。緑は、座っていてもふらつく夫に付き添い、皆に祈りを捧げつづけた。  一段落ついた夕方に、隆は一面の焼け野原を森山の家へ向かってよぼよぼと歩いた。暗赤色の染みの目立つ包帯から覗いた顔は青白く、左手で杖代わりの木切れにすがっている。身につけている妻手製の防空服はいくつも裂け目があり、血や土で黒く汚れて刺さったままのガラス小片が橙の夕日を微かに反射していた。  焼けた瓦や鉄屑や骨が目につく。焦げた南瓜が点在している。赤煉瓦の大聖堂も壁の一部だけを残して焼け、左塔の鐘楼が北の崖下に落ちて高尾川の流れを塞いでいた。隆は、灰の積もった石畳の小道を歩く。 《願わくは死せる信者の霊魂、神の御憐れみによりて安らかに憩わんことを》  緑は、死者への祈りを唱えながら夫の後を追う。     
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