聖母被昇天の大祝日、八月十五日を控えて

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《もう服ば縫ってやれんで、ごめんね》 《もう身のまわりの世話ばしてやれんで、ごめんね》 《もう看病ばしてやれんで、ごめんね》 《もう弁当ば作ってやれんで、ごめんね》  緑が謝るたびに、夫の腕の中で、焼け焦げた燐酸石灰は哀愁を帯びた音色を醸す。  永井家の十字の墓石も、爆風で吹き飛ばされていた。隆は、その地面が窪んだ穴に妻の骨を納める。 「……緑、お前まで失ってしもうた。オイは、これから、どがんすればよかとね」 《私なりに考えてみたとですけど、あなたは、これからも医者として、医学博士として、なすべきことばすればよかて思います。原子爆弾で傷ば負うて苦しんどる人ば、一人でも多く救ってあげてください。症状と対処法ばまとめて、論文ば書いてください。この浦上の惨状も、記録に残してください。あなたなら、きっとできます。あなたでなければ、できんかもしれません》  天から緑のもとに再び光が降りてきた。 《ああ……そろそろ、私はいかんばごたる》  緑の霊魂は、骨の塊から抜け出た。洗礼名マリア、永井緑は、両手を胸の前で重ねて上方に視線を向け、桃色の雲に乗って赤と青と紫の混ざり合った天へ昇りはじめた。両脇には、今日もイクコとササノが迎えにきている――。     
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