聖母被昇天の大祝日、八月十五日を控えて

6/22

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
(大学生ばいね。うちに用のあるとやろうか。なんかおかしかて思うたら、角帽の小さくて頭に合っとらんやなかね。うんにゃ、えらい大きくて長か頭ばい。御堂のガメ山ば起こしたごたる)  ふふっ、と緑は笑い、頭と天主堂の建つ小高い丘を見比べつつ、大男に声をかけた。 「なにか、御用ですか?」 「ああ、失礼」と隆は瞬いて大きく頷くように頭を下げ、今度は緑の目に視点を定めて家主への取次を頼んだ。齢は緑と同じ。島根で生まれ育ち、松江中学校、松江高等学校を優秀な成績で卒業した後、長崎医科大学に入って三年だが、話す言葉も抑揚もほぼ浦上弁である。 (ここの娘か。バスケットボールのごたる顔ばい。丸くて、小麦色に焼けて。働き者ばいね。顔つきも、大柄な体も、よく引きしまっとる)  隆は、椿油の匂いにつられるように、束ねられた濡れ羽色の長い髪を追う。 (学生服の第一ボタンの取れかけとらす)  緑は、長崎純心高等女学校の裁縫の先生で、大の針仕事好きであり、世話好きでもある。大男を玄関先まで案内すると、居間で祈りを唱えている父の貞吉を呼びにいった。  隆は、屋敷に背を向けた。真緑に生え揃った麦畑と満開の桜の点在する町並の向こうに天主堂が、右手に医科大学校舎と大学病院が、夕日を浴びて鮮やかに見える。 (やっぱり、ここに住みたかばい。小さか森や緑に包まれた、この屋敷に)     
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加