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夕方になり、あたりが茜色に染まった頃のことだ。一台の黒い軽自動車が、莉子の近くの路肩に停車した。
その車から降りてきた人物を見て、莉子は目を見張った。
勇進だった。
3年の月日が彼の顔から幼さを削いでいたが、莉子には一目でそれが彼だとわかった。
(やっと……会いにきてくれた……)
事故の後遺症か、足を少し引きずっている。
20歳になったはずの勇進は、顔の周りに短いヒゲを蓄えて、ぐっと大人っぽくなっていた。家業を継いだのか、着崩したツナギ姿もかっこいい。
離れていた月日のぶんだけ大人になった勇進の姿に、莉子は胸が熱くなった。
3年前、勇進がバイクで事故を起こしたとき、死亡したのは後ろに乗っていた莉子だった。
事故の瞬間を、莉子は見ていない。
横風に吹かれ、ずっと目を閉じて勇進の背中にしがみついていたから。
強い衝撃に驚いて目を見開いた莉子は、逆さまの視界の中に宙を舞う勇進の姿を見た。
それが、莉子の網膜が写した最後の映像だった。
大きく横に跳ね飛ばされた勇進は畑の野菜と柔らかい土がクッションになり、奇跡的に骨折と打ち身だけで命に別状はなかった。
トラックに轢かれた莉子の方だけが死んでしまったのだ。
すでに意識も痛みもなかったが、莉子の身体はトラックの下に巻きこまれたまま300メートルも引きずられてしまった。
ふと気がついたとき、莉子の意識は肉体から解放され、トラックと勇進のバイクが衝突した場所からずいぶん離れたところにぽつんと立っていた。
ふわふわする足で現場に戻ると、ひしゃげて横倒しになったバイクは残っていたが、勇進は病院に搬送された後だった。
事故現場を訪れる人たちの話から、勇進の命が助かったことを知り、莉子は心の底から喜んだ。
大好きな先輩。
自分の死はもちろんショックだし悲しいが、勇進が生きているなら、自分の分まで幸せになってほしいと思った。
ただ気がかりなのは、彼の心情だ。
自分のバイクに乗せていた彼女を死なせてしまったのだ。後悔と自責の念に苛まれているに違いない。きっと莉子の両親からもひどく責められただろう。
事故以来、勇進が一度も現場を訪れないことが、彼の心の傷の深さを表しているように思えて、莉子は心配でたまらなかった。
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