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醜い言い争いを続ける二人から、莉子はゆっくりと離れた。
心が、凪いでいる。
水平線のように静かな胸の下で、重く粘度のある何かがグツグツと煮えたぎっていた。
「愛媛……」
莉子が呼ぶと、愛媛はスイッと真横に滑ってきた。
「なあに?」
「愛媛って、死神だよね?」
そう問うと、親友は一瞬驚いた表情を見せてから、にっこりと微笑んだ。
「知ってたの」
「前に、本で読んだことある。死神は都道府県の名前を名乗るって。私が死んですぐに、親友になろうって現れて、できすぎてるって思ってた」
「そっか。……話が早くて助かるよ」
愛媛はいつもの笑顔で莉子を覗き込んだ。長い髪が、さらさらと肩から流れ落ちる。
「それで? ……莉子は、どうしたい? あいつら、どうしちゃおうか?」
「そんなの、言わなくてもわかるでしょ……」
莉子が答えると、愛媛は実に楽しそうににこにこと笑った。
「了解。あ、でも、一応。読書家の莉子のことだから、知ってると思うけど……願いを叶える代償はーー」
「そんなのどうでもいいよ」
莉子が吐き捨てた言葉を受け、愛媛はスーッと勇進の黒い車に飛んでいくと、軽自動車のボンネットに手を突っ込んで何やらガチャガチャと細工をした。
その姿はもちろん、音にも、言い争う二人は気づいていない。
「これでよしっと。おまたせ。じゃあ莉子、もう行こうか。別に見届けなくてもいいんでしょ?」
莉子は無言で頷いた。
愛媛が冷たい手で、莉子の手をとる。
死神でも悪魔でも、勇進に会えないこの3年間、莉子を支えてくれたのは愛媛だ。
最後には願い事まで聞いてくれた。
なんて優しい親友だろう。
「愛媛、ありがとう」
莉子が心からの礼を言うと、美しい死神はにっこりと微笑んだ。
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