Sちゃんのママ

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 十年ほど前、親戚の葬式のときの話だ。  亡くなった女性には二歳の子供(Sちゃん)がいた。夫もいたのだが、喪主もするし精神的にも修羅場だしで、娘から目を離してしまったらしい。当時九歳だった私が気づいたときには姿が見えなくなっていて、周囲の大人たちが慌てていた。  田舎の本家のだだっ広い日本家屋だ。隠れるところは山ほどある。その二歳児とはほとんど面識がなかったので大した心配もしていなかったのだが、その場の空気で私は何となく捜索を始めた。  うろうろと探していると、しばらく誰も使っていなさそうな、汚い取っ手の引き戸があった。中から、きゃっきゃっと子供の声が聞こえる。なんとなく嬉しくて戸を開けると、薄暗くてホコリっぽい和室だった。二歳の子が何かを抱きしめながら遊んでいる。 「もう、探したよー」  振り向いたSちゃんを見て、ぎょっとした。  手と足が一本ずつ折れた、二十センチほどの木製人形を持っている。絵の具が剥げてまだら模様になっているのだが、それがまるで血に塗れているように見えた。こけしに似た薄い顔が黒で描かれている。けれどなぜか、目だけは赤く塗られていた。 「うわ、な、なにそれ」  思わず引きつった声で訊くと、嬉しそうな声でSちゃんが答えた。 「ママ」 「えっ?」 「ママ」  しっかりと私の言葉に答えたのに、その目は私を見てなかった。この部屋のどこも見ていないような虚ろな目だ。口の端をニイッと吊り上げたように笑っている。 「……ママは、いないよ……」  そう返すのが精一杯だった。けれど、その後もずっとママ、ママと嬉しそうに繰り返している。  そのうち大人が来てSちゃんと私を見つけ、何事もなく部屋に戻った。相変わらずSちゃんは笑顔だったけれど、ゾッとするようなあの顔ではなかった。  結局あの人形は抱いたままで、明るい部屋で見るともう怖さは感じなかった。ただ、なぜか手足は折れていない。  あんなの見間違えるものだろうかと近づいて、私は絶句した。  目が、ちゃんと黒かった。
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