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 爪に浮かんでいるのだという。  苦悶する、男の顔が ──  博香(ひろか)さんは、港区の一等地でネイルサロンを経営している。数年前、元々のオーナーが仕事場の拠点を海外に移した際、信頼を置いていた博香さんに店が任された。高い技術と独創的センス、そして社交的な性格も功を奏して、激戦区でありながら、博香さんのサロンは人気店として、連日予約客で賑わっていた。 「そのお客様が来たら、要注意なんです」  ネイリストの間で噂されているというその話を博香さんに聞かせたのは、店で一番若いスタッフのエミリさんだった。 「爪に、苦しそうな男の人の顔が浮かんでいるんですって。その顔の上にネイルをしちゃうと、担当したネイリストは謎の奇病にかかるとか……。怖くないですかぁ」 「なにそれ」  博香さんはもちろん、他のスタッフも鼻で笑った。  おおかた、お客様の爪が黒や緑に変色していたり、ホワイトスポットと呼ばれる白い斑点が現れていたり、そういった症状が偶然顔のように見えてしまったという話に、尾ひれがついてそんな都市伝説的な噂が生まれたのではないだろうかと。 「まぁ、ある意味要注意なんだけどね」  業界の先輩として、博香さんはエミリさんを諭した。
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