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「ユキさん、全部食べちゃったの?」
「足りないです」
「また明日な。さあ、もう寝よう」
翌日の朝、少し寝坊した蒼一は、雪のノックで起こされた。彼女はロウに用事があると言う。
一人食堂で朝食を済ませ、部屋に戻った彼は、雪の所業に奇声を上げたのだった。
◇
「おまっ、何しやがるんだ!」
「この方が可愛いですよ」
戸口に立った蒼一へ振り返ったロウの頭部は、もう平面ののっぺらぼうではなかった。
昨日購入した携帯ペンを使い、黒い丸が三つ、乱暴に塗り潰してある。逆三角形に配置された三点は、目と口のつもりだろうか。
ロウが、ゆっくりと勇者へ歩み寄る。
「ユウシャ、サマッ……」
ガタガタとぎこちないロボ歩きが頭部を揺らし、仮初めの目から黒いインクの涙が垂れ落ちた。
「キモッ! なんでそんなブリキの人形みたいなんだ。お前、もっとスムーズだっただろ!」
「コノ、ホウガ、カワイイ、ト」
「やめろや。ソノ、ホウガ、キモイ、ヨ。雪も拭いてやれ」
頬を膨らませながらも、彼女はロウの顔を布で拭う。
「あはは、顔が縦伸びした」
「ムンクみたいになってるじゃねえか!」
インクの顔料は吸着力が高く、ゴシゴシ擦っても、いくらか薄く目と口が残ってしまった。
「余計に心霊写真みたいになった……」
「これはこれで、可愛い、かも、です」
「お前も顔が強張ってるじゃん。本気で言ってないだろ」
これ以上、綺麗にするには、洗剤が必要だろう。
諦めた蒼一は、ロウに盾になるように指示した。
「後で消してやる。とりあえず、盾型で出掛けよう」
「ハイ……スコシ……ショックデス」
「五百歳でも、ショック受けるのな」
今日の一番の目的は、蓄魔器屋だ。
自室で待つメイリと合流して、三人と盾は宿の外へ出向いた。
◇
娘が戻り、通常営業に戻ったかと期待したワイギス魔具店の扉は、相変わらず固く閉ざされている。
「まだ娘さんの無事を喜んでるんですよ」
「挨拶くらい構わないだろう。呼び鈴鳴らそうぜ」
戸口の傍らにはカウベルのような鈴が在り、蒼一はそこから伸びる紐を掴んだ。
紐を左右に小刻みに振ると、カランカランと金属音が響く。
「出てこねえな……」
もう一度鳴らそうと、彼が呼び鈴に手を伸ばそうとした時、扉の奥から近づく足音が聞こえた。
「勇者様っ!」
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