第三章 王国の人々

55/127
前へ
/677ページ
次へ
「ユキさん、全部食べちゃったの?」 「足りないです」 「また明日な。さあ、もう寝よう」  翌日の朝、少し寝坊した蒼一は、雪のノックで起こされた。彼女はロウに用事があると言う。  一人食堂で朝食を済ませ、部屋に戻った彼は、雪の所業に奇声を上げたのだった。 ◇ 「おまっ、何しやがるんだ!」 「この方が可愛いですよ」  戸口に立った蒼一へ振り返ったロウの頭部は、もう平面ののっぺらぼうではなかった。  昨日購入した携帯ペンを使い、黒い丸が三つ、乱暴に塗り潰してある。逆三角形に配置された三点は、目と口のつもりだろうか。  ロウが、ゆっくりと勇者へ歩み寄る。 「ユウシャ、サマッ……」  ガタガタとぎこちないロボ歩きが頭部を揺らし、仮初めの目から黒いインクの涙が垂れ落ちた。 「キモッ! なんでそんなブリキの人形みたいなんだ。お前、もっとスムーズだっただろ!」 「コノ、ホウガ、カワイイ、ト」 「やめろや。ソノ、ホウガ、キモイ、ヨ。雪も拭いてやれ」  頬を膨らませながらも、彼女はロウの顔を布で拭う。 「あはは、顔が縦伸びした」 「ムンクみたいになってるじゃねえか!」  インクの顔料は吸着力が高く、ゴシゴシ擦っても、いくらか薄く目と口が残ってしまった。 「余計に心霊写真みたいになった……」 「これはこれで、可愛い、かも、です」 「お前も顔が強張ってるじゃん。本気で言ってないだろ」  これ以上、綺麗にするには、洗剤が必要だろう。  諦めた蒼一は、ロウに盾になるように指示した。 「後で消してやる。とりあえず、盾型で出掛けよう」 「ハイ……スコシ……ショックデス」 「五百歳でも、ショック受けるのな」  今日の一番の目的は、蓄魔器屋だ。  自室で待つメイリと合流して、三人と盾は宿の外へ出向いた。 ◇  娘が戻り、通常営業に戻ったかと期待したワイギス魔具店の扉は、相変わらず固く閉ざされている。 「まだ娘さんの無事を喜んでるんですよ」 「挨拶くらい構わないだろう。呼び鈴鳴らそうぜ」  戸口の傍らにはカウベルのような鈴が在り、蒼一はそこから伸びる紐を掴んだ。  紐を左右に小刻みに振ると、カランカランと金属音が響く。 「出てこねえな……」  もう一度鳴らそうと、彼が呼び鈴に手を伸ばそうとした時、扉の奥から近づく足音が聞こえた。 「勇者様っ!」
/677ページ

最初のコメントを投稿しよう!

353人が本棚に入れています
本棚に追加