第三章 王国の人々

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 勢い良く開いた入り口に、サナが現れる。二階の窓から訪問者を確認した彼女は、急いで駆け降りて来たのだった。 「助けてください!」 「いや、もう助けたよ? 髪を生やすのは、さすがに俺も無理」 「違います、私じゃないんです」  周囲を気にするように、サナは蒼一たちを引き入れると、店の奥から二階へ案内した。 「私が帰ってすぐ、父が暴れ出して……」  二階の一室はサナの父、カイル・ワイギスの書斎で、壁には魔具や魔法に関する蔵書が並ぶ。  窓際に机と椅子、そして部屋の中央には、荒縄でグルグル巻きにされた父親が床に転がっていた。  カイルは頭に傷を負っており、床の血痕は彼のものだろう。 「娘を見て首を締めようとしたので、後ろから花瓶で殴ったんです」  皆の後ろから、母親のハイネが顔を出した。 「目を覚ました後、つい先程まで暴れていて……」  一応、治療しようとした跡はあるものの、本気で殴ったらしく意外と傷は深い。  カイルの容態を調べた蒼一は、メイリに回復薬を用意させた。 「日頃の恨みも混じってるんじゃねえのか。薬、飲ませられるか?」 「うん、やってみる」  少女と場所を交替し、彼はワイギス母子に向き直る。 「娘か出家したんで気が触れたか、もしくは――」 「もしくは?」 「きゃあっ!」  蒼一たちの会話は、メイリの悲鳴で中断された。  仰向けにされ、口に当てていた布を外されたカイルは、少女の手に噛み付こうとしたのだ。  目をひん剥き、唸る父親は、正気を保っているようには見えない。 「これ、やっちまってもいいよな? 浄化っ!」 「ぐるぁっ!?」  カイルの身体から分裂するように、人型の黒い影が起き上がる。 「やっぱり、そういう類いか。ほら、浄化っ」  影は形を失い、人魂のように空中を飛んで、勇者の連続攻撃を避けた。  彼は鞘打ちもすかさず繰り出したものの、煙状の影相手には手応えがない。  三発目の浄化が放たれる前に、黒い人魂は家の壁をすり抜けて外に逃げる。 「クソッ、物理無効かよ。うぜえ」  蒼一の左手の盾がパタパタ展開し、ロウはその脚で床に降り立った。 「霊体の魔物、ファズマ。三代目も苦戦された、難敵デス」  変形した傀儡の顔を見たメイリは、槍を手元に引き寄せる。 「ロウから離れろっ! この悪霊め!」 「ヤ、ヤメテ、メイリさん……」
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