第三章 王国の人々

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 施設に入ってきた蒼一へ、ヤースはその娘を紹介した。 「こちらはローゼ・ユレイカル、ギルドにも多額の寄附をして下さっているユレイカル家の娘さんです」 「はじめまして、勇者様」  胸に手を当てお辞儀する仕草も、成り金では再現できない優雅さだ。 「このローゼ嬢が、ネルハイムの婚約者なのです」 「へえ。坊主にして、恨んでるだろ」  ローゼは(かぶり)を振って、彼の言葉を否定した。 「娘さんに安寧を与えるためとは、何とお優しい御配慮でしょう。協力したネルハイム殿も、誇らしく思いますわ」  例によって蒼一の苦手な人種だったが、今はありがたい。 「そういうことなら、もう一つ頼まれてくれないかな」  彼は悪霊の出現を、ギレイズ家の様子と共に伝え、その対策を説明する。 「なんと、そのような魔物が!」  ファズマの存在はヤースにも初耳だった。  勇者の考案した悪霊退治作戦に、ローゼは少し返事を躊躇う。 「どうだ、やってくれるか?」 「……心苦しいですが、街の人々のためです。ご協力させて頂きます」  悪霊を野放しには出来ないと、最後には力強く彼女は頷いた。  悪霊をおびき寄せ、浄化で仕留める。餌は踏んだり蹴ったりのネルハイムだ。  こうして、魔術師最悪の一日が幕を開けたのだった。
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