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勇者なのだから、聖なる剣でもあるのかと思ったら、ヒゲが用意したのは飾りだけが立派な普通の剣だった。
今頃、城の職人が、蒼一に渡された素材で新しく筆を作っているだろう。
「地走りと月影をくれ。百も取れるんだ、最初は遠慮しなくていい」
「オーケーです」
彼女が文字を押さえると、巻物から青い光が溢れる。能力の取得作業は、簡単にできるようだ。
「どうだ、変化はあるか?」
「字の色が変わりましたよ。もうちょっと取っときます?」
「ああ、回復系を頼む」
これも遠征には大事だ。だが、そういう能力は、誰しもが真っ先に求める。
「回復、大回復、回復の光、蘇生……」
「分かってる。売り切れだろ。何でもいいから、回復コーナーには他にどんなのがある?」
まともな回復魔法は残ってないだろうさ。五番目くらいで切れてておかしくない。
「……回復歩行、毒反転、回復弾」
とても回復用とは思えないスキル名が続く中、まともに使えそうなものは数種類だけだった。
「回復歩行だ」
歩いて回復、これは分かる。怪我したら歩けばいいんだ。
歩きながら能力確保に勤しむ二人を、街の人々がにこやかに見送る。どうも勇者というのは、一目で分かるものらしい。
食料を手渡そうとする婦人までいて、勇者と女神の人気が窺えた。これはこのロクでもない冒険の、唯一救われる要素だった。
地図に記載されている通り、城下町の端に馬車の乗り合い所がある。そこから王都外れの街までは、馬で半日だ。
二人は馬車内を読書で過ごす。蒼一はマニュアルを、雪は巻物を。どちらも降りる時には、目をしばたかせていた。
「勇者に関しては理解した。七番目の奴の話は、なかなか読ませる」
「能力一覧より面白そう。女神の話は、こっちに書いてありました」
「オススメは?」
「六番目がヤンデレで凄まじい」
なにか一夜漬けで試験勉強した気分だと、二人は深く息を吐き出す。
理不尽な頭脳労働で偏頭痛が起きそうだが、やるべきことは見えてきた。
「帰ろう」
「うん」
同じ境遇が、彼らの絆を強くする。
目的は馬車の中で定まった。
「まずは大賢者を」
「ええ」
「一発殴りに行こう」
「二発です」
王国の空は、腹立たしいほど無駄に青かった。
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