雇われ勇者と雇われ魔王

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
『さぁ勇者よ、この国のために身を粉にして戦い、魔王を討伐して平和な日常を手に入れるのだ!!!』 「はい、以上で新勇者出向研修を終了いたします。詳細や魔王城への地図等は、同封された資料に記載してありますので、後ほどご確認をお願いいたします。」……という、これ必要か!?な研修を終え、勇者初日を終えた。 「では、明日から、新米勇者として働き、平和の糧となっていただきます。」 研修担当職員にも耳タコなくらい同じことを言われる。まずこのマニュアル職員をぶった切ってやりたい。いやいやダメダメ、俺は魔王を討伐して大量の収入を得て、ぐーたらな生活を送る予定なのだから、こんなところで罪なき職員を葬るわけにはいかないのだ。 「さて、研修も終わったことだし、帰るとするか。」  研修会場から俺の住む村にはかなりの距離がある。だが馬車という高価な乗り物を使う余裕などない。もちろん歩いて帰る。途中森の道を抜けるのがめんどくさい。  森についた、なんだか森の奥が騒がしい気がする…。中を進むと小柄な人影が倒れているのが見えた。 「大丈夫か?なんかあったのか?」 声をかけるなり返事が来た。口からではなく腹から。どうやら空腹で倒れているらしい。 「やれやれ、勇者初日から残業か。」 道中立ち寄った商店で購入したパンを渡してみた。途端にパンは〈消失〉した。食したのか、捨てられたのかわからないが、〈消失〉したのである。 「我に近づくでない。薄汚い手で我に触れるな。」 今にも死にそうな貧弱な声で、その人影は言う。 「いや、でも君、今にも死にそうなほど弱ってるじゃないか、新米とはいえ勇者の俺が、そんな子を放っておくわきにはいかないんだよ。」 「勇…者…だとっ!?」 勇者という言葉を聞いたその子を黒いオーラがまとい、無数の針のような物が襲ってくる。 「っ…!」 「勇者が、この我に情けをかけようとしたのかーーーーっ!」 どうやら只者ではないようだ。勇者と聞いて襲ってくるということは魔のものなのだろう。 「やれやれ、勇者としての仕事は本当は明日からなのに、研修からサービス残業かぁ…。」 剣を構え、黒いオーラを纏った人物に向かって仕掛ける。  ………あっという間だった。無理もない。空腹な敵に負けるわけがない。というよりも、相手が勝手に倒れたのだ。倒れた人影から、オーラが消えていく。その姿を見て驚いた。 「こっ…子ども?だけど、頭に角が生えているし、翼も生えている。研修で聞かされた『デビル種』というものだろう。」 「…くっ、我がここまで追いつめられるとはな、魔王であるこの我が…」 魔王…?今この子、魔王といったか?こんな小さな子が魔王……。いやいや、きっとごっこ遊びだろう。 「あの、お嬢ちゃん、おうちはどこかな?ここは危ないから、おうちまで送っていくよ。」 ここは紳士として、子どもを家まで送ってあげるべきだろう。 「だから触るなといったであろう。勇者がこの大魔王ティア様に触れるなど。」 「ティアちゃん、もう日も暮れるし、ほんとにごっこ遊びはおしまいにしよう。」 「ごっこ遊びだと?なら、この力を見て恐れおののくがいい!」 ティアと名乗るその子に再び黒いオーラが纏われる。途端に砂塵に包まれる。どうやら本当に魔力を有しているようだ。 「あーはいはい、どうやら本当に魔王のようだね。だとしたらここで倒したほうがいいんだr…。いや、今はもう時間外労働。しかも勇者業はとてつもないほどにブラック。残業しても給料は発生しない。そもそもここで魔王を討伐なんてしたら、俺は用なし、クビ、ニートォ…。」 「お、お主は何を言うておるのじゃ…?首?にーと?」 そうだ、よく考えれば、ここで魔王を討伐するのは、あまり賢明とは言い難いのだ、現在絶賛残業中(サービス)に加えて、研修初日。今の状態で魔王を討伐しても、もらえる報酬は魔王討伐賞金のみ。勇者として活動していれば、それだけで一定額の収入が入るし、ある程度時間がたてば、魔王の討伐賞金も上がることだろう。もちろん魔王討伐賞金のみでも裕福な暮らしはできるだろうが、それも程度が知れてる。ならば、ここは見逃して、もうしばらく、そうだな、1~2年位勇者の肩書きをもって収入を得ながらだらだらした後に魔王を討伐することにしたい。 「あのさ、ティアちゃん?」 「わ、我をちゃんなどと呼ぶでない。ティア様と呼ぶのだ!」 「ティア様ね。今戦っても空腹の君に勝てるわけはなさそうだし、何より俺が仕事を失って、ぐーたら人生計画が…」 「何を言うておるのかわからんが、我が貴様に負けるわけがなかろうて。どれ、今ここで貴様を滅してくれる!」 弱くも力強い声でティアが叫ぶと、勇者に襲い掛かる。あぁ、魔のものって基本人の話を聞かないタイプなのか…。 ・・・わけもない、当然勝った。勝ったといっても、決して魔王を討伐したわけではない。というより、戦う前にティアが勝手に果てた。空腹のちびっこがバタッと倒れただけだった。 「くっ…我としたことが、こんなやつ相手に…。」 「ティアちゃんね、これでわかったでしょ。今の状態で戦っても、勝負にならないのよ。」 「うるさいうるさい!貴様に魔王の何たるかもわからないくせに!我が好きで魔王をやっているとでも思うておるのか?」 泣きじゃくるティアの話を聞いた。、なるほど、勇者が契約社員なのと同じく、魔王も契約されている社員みたいなものだったのか。こんな小さい女の子がねぇ…。 「とりあえずうちに来な。倒したりいたずらしたりしないからさ。腹減ってるんだろ?飯食わしてやるよ。」 離せと暴れるティアを抱えて自宅に向かった。バタバタと暴れられたが、痛くも痒くもなかった。あと、重くもなかった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!