第1章

2/4
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/558ページ
十二番目の志士1 嘉永6年6月深川源蔵長屋に二人の兄弟が住んでいた、高杉新之助とその妹妙である、高杉家は西国の小大名の家臣であつたが、父がお家騒動に巻き込まれ断絶のうえ所払い、 となり、江戸に出てきたのである、母は生国でなくなり江戸には父と子供二人で出てきたのだが、慣れぬ土地の為か父は兄弟二人が残して去年他界したのです、 父は勘定組頭であつた為新之助は小さいころから算術ソロバンを習わされ腕は相当なものであった、また剣術も千葉道場の目録を持つほどの腕前だったのです、父が他界、 してからは算術指南(いまでいうと会計士)をやっていた5件の大店の指南を受け継ぎ、剣の腕を生かして大名屋敷の出稽古をして日々の糧を得ていたのです、贅沢は出来、 ないが二人が食べて行くには十分であった、 またお妙は大店の娘達に琴を教えて糧を得ていたのです、お妙はいつも新之助にお家再興をする為に何処かに仕官するように口うるさく言っていたのです、千葉道場の主で、 ある、千葉定吉からはいくつか仕官の口を紹介してもらったのだが、新之助は宮使いは苦手だと思っており適当に返事をしていたのです、大店の店主からは腕を買われて、 重宝されており、 時には用心棒をたのまれる事もあり、その場合は別途手当て金を貰う事になっていたのです、この長屋には6家族が住んでおり、大工、左官、小間物行商、人足、飾り職人、 等多彩だが武家は新之助達だけである、今日は特段仕事もなく朝餉をとると釣りにでもいくよとお妙に言うと、それではお弁当を作りますよといい握り飯にタクワンを、 いれた弁当を作り渡したのです、 したくをして家を出て船宿に向かったのです、江戸は移動の為の掘割が多く深川いったいにも沢山の船宿があったのです、船宿千歳に行くと女将がいらっしいと座敷に通し、 たのです、女将が今日も一杯釣れるといいですねと言うので、この時間からだと回遊魚しかかからないよ、朝早くか夕方なら食いもいいのだがと笑うと、新之助様は朝起き、 が苦手ですから漁師にはなれませんよと言ったのです、 船頭の小吉が船のしたくができましたと呼びに来たので座敷を降りて船に向かったのです、船に乗り込み今日は品川沖まで足を伸ばしましょうというので、海に出て品川、
/558ページ

最初のコメントを投稿しよう!