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それから時は流れて、とある港町の出来事である。
「くそっ! こんな船二度と乗るか!」
男が毒づきながら、珍しい形の船から降りようとしていた。
そんな船を見ようと、桟橋には野次馬が集まっている。
真っ白い巨大なその船は、実に変わった形をしていた。平面ばかりで構成されており、端的に言えば歪な多面体である。
極めつけは船首の形である。通常は空に向かって斜め前方に延びるはずの舳先が、海中に向けてしゃくれている。
「お待ちください」
船員姿の女が、男を押し止めた。
「お代をいただいておりません」
女は言って、男の襟首を掴んで持ち上げる。
「は、放せっ! このっ! 分かった分かった!」
女の怪力に、男はあっさりと観念した。
「ほれ、これでいいだろう?」
男が懐から袋を取り出した。
「毎度あり」
「痛っ!」
女は袋をひったくると、男を乱暴に降ろした。
「ひいふうみい……」
男が逃げないよう服の裾を踏み、女が金貨を数えた。
「もう行っていいですよ」
中身を確認し、女が男を解放する。
「まったく……」
不満気に、男が船を去ろうとした時である。
「ちょっといいですか?」
「な、何かな?」
女が聞いて、男が聞き返す。
「何がそんなにご不満だったのです? 今後の参考に、忌憚ない意見をお聞かせ下さい」
「えっと……」
女が要求するも、男は目を泳がせるのみである。
「別に取って食いはしません」
女が男の背中を押した。
「じゃ、じゃあ、言わせてもらうがな――!」
意を決して、男が続ける。
「確かに、護衛してくれとは言ったよ。だが、あれはやり過ぎだ。誰も皆殺しにしろとは言ってない。それにサービスも酷い。大きな船なのに、風呂も無いときた。これが客船とは、聞いて呆れるよ!」
男が捲し立てる。
「ほう……」
「そ、そう言う訳で、もう少しサービスを改められた方がいいと思います!」
目つきが鋭くなった女を見て、男が敬語で言い直す。
「では、私はこれで!」
逃げる男を見送って、女が船内へと引き返した直後である。
『どうだった?』
船内放送が流れた。
「……どうやら、次の課題は風呂ですね」
女が誰かに答えて、正帽を脱いだ。
船内の明かりで照らされた女は、銀髪に赤い目の、肌が白い美女であった。
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