0人が本棚に入れています
本棚に追加
第一章 追撃と脱出
所変わって、大時化の夜の海である。
今、一隻の軍艦が、荒波にもまれていた。
「面舵一杯! 艦を波に立てろ! 転覆するぞ!」
迫る大波に、壮年の艦長が声を荒げた。
「了解!」
指示に従って、若い操舵手が舵を切る。
一瞬波に飲まれたかに見えた艦は、すぐに海面に姿を現した。
窓から海面を見て、艦橋が安堵に包まれた時である。
「艦長!」
見張員が声を荒げた。
「何だ!」
艦長が怒鳴るように聞く。
「追手が来ます!」
「クソッ! この忙しい時に。艦種と距離は?」
「て、敵は大型巡洋艦。距離はおよそ一マイル。既に射程圏内に入っています」
「何としても振り切るんだ!」
「不可能です!」
艦長の命令に、操舵手が悲鳴を上げた。
「総員戦闘配置!」
艦長が命令を変えた。
もっとも、全てがささやかな抵抗である。
彼らが乗っている艦は砲艦で、河川や沿岸部専用の軍艦である。
すなわち、洋上戦には全く適さない。
対する敵は、巨大な巡洋艦である。
外洋能力や戦力差など比べるのも馬鹿馬鹿しい。
いざ戦火を交えれば、どちらが海の藻屑となるかは明白である。
「敵、本艦と並走しています」
見張員が言った。
優速を活かして、巡洋艦は砲艦に並んでいる。
直後、砲艦に衝撃が走った。
「前方に至近弾!」
副長が叫ぶ。
「構うな! ただの威嚇射撃だ!」
怖気づいた乗組員を、艦長が叱咤する。
「ですが――」
「黙れ!」
言いかけた見張員を、艦長が遮った。
「距離が近づいています!」
副長が警告した直後、今度は断続的な金属音が鳴った。
「甲板に機銃掃射の直撃。損傷軽微」
別の乗組員の報告である。
「相手は殿下が目的だ。無茶な真似は出来ない」
「敵艦より通信!」
「言え」
「『姫殿下の御身を引き渡せ。そうすれば命は助けてやる』だそうです!」
艦長の指示に、通信士が答えた。
「嘘に決まっています。引き渡したが最後、我々は皆殺しです。そもそも、殿下の御身すら危ない」
「その通り。我々は殿下の剣であり盾なのだ。副長、こっちへ」
「はっ!」
「私は殿下の下へ行く。状況を説明し、脱出していただくのだ。後を頼んだぞ」
副長の耳元で艦長が囁いた。
「了解!」
副長が敬礼し、艦長を見送った。
最初のコメントを投稿しよう!