第一章 追撃と脱出

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「殿下、お早く」 「嫌じゃ」  砲艦の一室で、少女と艦長の押し問答が繰り広げられていた。  己の意思を固辞せんと、少女は艦長に背を向けている。 「ですが、姫様――」 「くどい! 私も最後まで戦うぞ」  艦長の台詞を遮って、少女は言った。 「大体だな」  言いながら、少女は艦長へと向き直る。  少女の長い黒髪が揺れて、合間から覗く青い目が、艦長を厳しく見据えている。  飾緒(モール)の付いた青い軍服の少女は、やはり年相応に小柄であった。  もっとも、小さい頭も相まって、全体のバランスは良く整っている。  凛とした態度は身分を抜きにしても、見る者にカリスマを抱かせた。二重瞼の大きな目と、くっきりとした鼻立ちは、美少女と言って差し支えない。 「私がお前たちを付き合わせたのだ。お前たちだけを置いて、おめおめと生き恥を晒せるものか」  言い終わると、少女は再び艦長に背を向けた。 「姫様……!」  感極まって、艦長が涙を浮かべた。  しかしである。傅いた艦長は、少女の震えを見逃さなかった。  身分と立場を弁えた貴人といっても、年端もいかない少女である。 「姫様、私は貴女にお仕え出来て幸いでした。ご立派ですぞ」  涙を拭いて、艦長が少女を態度を称えた。 「そうであろ? だったら――」 「御免!」  少女が言いかけた瞬間、艦長がその鳩尾に当て身を放った。 「くぁwせdrftgyふじこlp!」  声にならない悲鳴を上げて、少女が床を転げ回る。 「あれ?」  当てが外れて、艦長が疑問符を浮かべた。  人間とは、得てしてなかなか気を失わない。  鳩尾への当て身などは論外として、背後からの首筋への一撃も同様である。  もっとも、頸椎への有効打は大体において致命傷な以上、艦長の判断は賢明であった。 「ゲホッゲホッ!」 「ご、御免!」  咽かえる少女を抑え込み、艦長がもう一度詫びを入れた。 「ぐえぇ……きゅう」  頸動脈を締められて、少女が意識を手放した。 「い、生きているよな?」  艦長が少女の呼吸を確認する。 「……ふう」  無事な少女に、艦長は胸を撫で下ろした。 「貴女はここで死んではいけない……って、聞こえていませんね」  完全に伸びた少女に向かって、艦長が語りかける。  艦長は少女を担ぎ上げ、さっさと部屋から連れ出した。
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