「早く俺を思い出せよ」

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「社長、すみません」 「あぁ、悪いすぐ行く」 彼のすぐ後ろにいたショートカットの綺麗な女性が遠慮がちに彼に話かける。あれいま、社長って聞こえたのは私の聞き間違いだろうか。 その女性に「悪いが先に向かってくれ」とひと言伝えた佐倉さん。「かしこまりました」と業務的な返答をすると私と香澄に向かって一礼をしショートカット美女は歩いていった。 「なんだ、なずなが俺のこと思い出して会いに来てくれたのかと思ったよ」 「いや、そもそもこんなところでお会いするなんて思ってもいませんし……」 「なんだ残念」 眉尻を下げどことなく寂しげに「残念」と口にした彼はその数秒後、お面を付けるみたいにころりと表情を変え、持っていた資料をトントンと叩いた。きっと彼の仕事モードの顔。 「まあ、俺もこれから新製品の打ち合わせがあるから今日は失礼するよ」 不覚にも、ちょっとかっこいいじゃないかと思ってしまったことは絶対に口にしない。 「あ、そうだ、なずな、これ」 「え、」 「じゃあ、」と立ち去ろうとした佐倉さんはなにかを思い出したように私の名前を呼んだ。つられて私は声の方へ向く。 「これ、ちょっと早いが誕生日プレゼント」 「……え」 そう言われて渡されたのは、ピンク色に桜型の金の箔が押された高級感漂う箱。『あなたに私の全てを捧げます』shepherd’s purse & cherry blossom fragrance パッケージに書かれたその文字にさきほどまで、私と香澄が見ていたポスターの商品だということを察知した。発売は来月のはずなのに。
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