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「もう、あの男はいないわけだし、泣いたら?」
「……え、」
ぎゅっと、さらに強く抱きしめられて佐倉さんの胸に顔を埋める。佐倉さんの心臓の音と、私の背中を叩くリズムが一緒で、佐倉さんに全てを支配されたみたいだ。
なにを言っているんだろうか。あの男って、森坂店長のこと?
先ほどまで一緒にいた森坂店長の笑顔が浮かんだ。それと同時にキリキリと胸が痛む。佐倉さんの腕の中で、森坂店長を思い出しているこの状況がなんとも苦痛で。
でも、本当に、それだけ?
「いい加減、気付けよ」
「……」
「俺が泣きそうなんじゃなくて、なずなお前が泣くの我慢してんだよ」
鼓動が速くなる。森坂店長の先ほどまでの笑顔が鮮明にこびりついて離れない。嬉しそうだった。楽しそうだった。でもそのどれもが、私に向けられているものではないと分かっていた。
見えないようにしていた核心を突かれて、喉の奥がカァッと熱くなる。
「……なんで、」
「俺は、お前が泣きそうにあいつの前で笑うから、思わずつられた」
優しく降ってきた言葉。なんだそれ。いま、この状況でそんなこと言うのは、ずるいじゃんか。ずるいなぁ。佐倉さんは策士だ。
喉から、ツンっと鼻に痛みが走る。嫌だ、嫌だ、嫌だ。眉根に力を入れて目からこぼれそうになっているものを堪える。だってどうしたって嫌だ。
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