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「私は、佐倉さんじゃない男の人のことで泣くんですよ……」
「それは本当に不本意だけど、俺は俺で弱ってるところにつけ込むチャンスだから」
「なんか、その言い方とても……嫌です」
「そう?てか、俺が泣けって言ってるんだから素直に泣けよ」
「佐倉さんが、いなくなってから泣きます」
「それじゃ、つけ込めないだろ?」
ふざけた口調で佐倉さんは静かに言葉を落とした。口調は静かなのに抱きしめる腕の力は強くて、でも温かくて。身体の力が抜けていく。気を緩めたらいけないのに、佐倉さんの体温がそれを鈍らせる。
だから苦手だ、この人の体温。
「本気で好きだったんだろ?あいつのこと」
「え……」
「本気で好きだから幸せを願いたい。でも、好きな気持ちはそんなすぐには消えない。適当な気持ちじゃなかったってことだろ」
「……」
「だから、泣くことは恥ずかしいことじゃない」
トン、トン、と佐倉さんの手が背中で優しいリズムを刻む。そのリズムと佐倉さんの温かい体温に、我慢していた涙腺がぐちゃぐちゃに崩壊した。
ぎゅっと佐倉さんの背中に腕を回し、彼の高そうなスーツを握り締めて、目一杯涙を流した。
「……好きじゃ、グスッないって……あきら、めるって……」
「うん」
「……思ってみても、グスッ、全然……ダメで」
「うん」
涙と共に決壊した感情を取り留めなく佐倉さんに吐き出した。佐倉さんは「うん、うん」って言葉を挟むことはせずにただ私の話に耳を傾けてくれて。時折、綺麗な指先で私の涙を拭ってくれた。
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