「覚えてない?ふざけるな」

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「なずな」 と、後ろから低めの甘い声音に名前を呼ばれ、振り返った。 ネイビーのスーツの上に黒のロングコートを綺麗に着こなした、長身の男性。 中性的な顔立ちで女の私でも嫉妬するくらい綺麗な顔をしたその人は、私の名を呼ぶと口角を上げた。 肌綺麗だなとか。足長いなとか。顔小さいなとか。 まるで芸能人に会ったかのような感想。 美空ちゃんが言っていたのはこの人で間違いない、絶対。男性を見て見惚れるなんて初めてだ。 なので一度会えば忘れるわけがない。 「なずな、会いたかったよ」 そう言いながらふわりと、目を細めて笑うその人を私は知らない。 こんなに綺麗なお客さん忘れるわけがないはずなのに、接客した記憶もなければ、今までに来店したのも見たことがない。 第一、私を下の名前で呼んでくるようなお客さんなんていない。 なのにどうして、このイケメンはまるで私を知っているかのように名前を呼ぶのだろうか? 「あの、すみません……失礼ですが、お名前お伺いしてもよろしいでしょうか……」 恐る恐る問えば、さきほどの笑みはどこえやら。早着替えのごとく、眉根に皺を寄せた彼は不機嫌な表情へと変わった。
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