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「山の”お狐さん”まで」
「あいさ。畑んなが抜げでまうげど、いいべが?」
タクシーに行き先を告げ、あぜ道を縫わせる。
住宅街には新たな家も混じるが、やはりこの辺も、家主を失い朽ちるのを待つだけの建物のほうが多いらしい。
先程のコンビニで買った飲み物を早速開けて、一口飲んで封を戻すと、運転手がニコッと口を開いた。
「こったトゴさ何をすに? 仕事ではなさそぅだげど。」
「いや、大した用じゃないっすよ……」
「まぁ、あそごさ行ぎてぇって言うんだば、大体はわがらんでもねぇけんどさ。しぇっかぐ来るんだら、先週の祭りの時にすりゃ良かったんでね?」
「ホントはそうしたかったんだけど、仕事がね。」
「あぁー、そりゃ仕方ねーな。……そいや。なんだが最近あの辺で、”出る”って聞ぐがら、おめさも注意すなね。」
「あー、はい。」
単に”出る”って言われたところで、こんな昼間からおばけの類なんてのもないだろうし、キツネやタヌキ、イノシシのことだろうか?
”お狐さん”があるは山の中腹、確かに草木の濃いところではあるし、それなりに気をつけたほうが良いのは確かだろう。そのくらいに思っていた。
「帰りのクルマば要るんだば、電話ければ来らんでな。何だっけあの、……あれさ。兄さんも持ってるっしょ? あのノペーッとしたの。」
「コレ、スマホのことでしょうかね?」
「そうそれ、スマホ。やっぱし若けぇのはすげぇわな。新しいのは、俺ゃ全然使かわさんねぇ」
タクシーを降りる頃にはもう、携帯の電波は届かなくなっていた。
軽くその場の空気を確かめるように、深呼吸をひとつ。
ここも同じ日本なのか? と疑いたくなる程に、この青い香りが心地良く思えた。
「ココまで来ると、今でもやっぱり圏外だよな。」
暗くなった画面を確認してポケットに戻すと、早速山道へ入った。
山の中腹の稲荷神社へは、ここから5分もかからない。
報告しておきたいことが出来たので、今日は思い切って休みをとった。
せっかくなら、”あの本”も持ってくればよかっただろうか。
だいぶ傷んできてしまったが、まだ手元にあると。また話してやっても良かったかもしれない。
そういえば、去年も一昨年もそんな事を考えながら登ったんだっけか。
朱塗りの鳥居を2つ抜けると、苔に覆われた手水舎と、対になった白い狐の像が見えてくる。
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