1.変わりゆく村

2/3

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
「山の”お狐さん”まで」 「あいさ。畑んなが抜げでまうげど、いいべが?」  タクシーに行き先を告げ、あぜ道を縫わせる。  住宅街には新たな家も混じるが、やはりこの辺も、家主を失い朽ちるのを待つだけの建物のほうが多いらしい。  先程のコンビニで買った飲み物を早速開けて、一口飲んで封を戻すと、運転手がニコッと口を開いた。 「こったトゴさ何をすに? 仕事ではなさそぅだげど。」 「いや、大した用じゃないっすよ……」 「まぁ、あそごさ行ぎてぇって言うんだば、大体はわがらんでもねぇけんどさ。しぇっかぐ来るんだら、先週の祭りの時にすりゃ良かったんでね?」 「ホントはそうしたかったんだけど、仕事がね。」 「あぁー、そりゃ仕方ねーな。……そいや。なんだが最近あの辺で、”出る”って聞ぐがら、おめさも注意すなね。」 「あー、はい。」  単に”出る”って言われたところで、こんな昼間からおばけの類なんてのもないだろうし、キツネやタヌキ、イノシシのことだろうか?  ”お狐さん”があるは山の中腹、確かに草木の濃いところではあるし、それなりに気をつけたほうが良いのは確かだろう。そのくらいに思っていた。 「帰りのクルマば要るんだば、電話ければ来らんでな。何だっけあの、……あれさ。兄さんも持ってるっしょ? あのノペーッとしたの。」 「コレ、スマホのことでしょうかね?」 「そうそれ、スマホ。やっぱし若けぇのはすげぇわな。新しいのは、俺ゃ全然使かわさんねぇ」  タクシーを降りる頃にはもう、携帯の電波は届かなくなっていた。  軽くその場の空気を確かめるように、深呼吸をひとつ。  ここも同じ日本なのか? と疑いたくなる程に、この青い香りが心地良く思えた。 「ココまで来ると、今でもやっぱり圏外だよな。」  暗くなった画面を確認してポケットに戻すと、早速山道へ入った。  山の中腹の稲荷神社へは、ここから5分もかからない。  報告しておきたいことが出来たので、今日は思い切って休みをとった。  せっかくなら、”あの本”も持ってくればよかっただろうか。  だいぶ傷んできてしまったが、まだ手元にあると。また話してやっても良かったかもしれない。  そういえば、去年も一昨年もそんな事を考えながら登ったんだっけか。  朱塗りの鳥居を2つ抜けると、苔に覆われた手水舎(ちょうずや)と、対になった白い狐の像が見えてくる。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加