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「もともとは大きな街で暮らしとったのが、親との仲があまり良くなくなって、この町に住む婆さまの所へ身を寄せるようになった。……というのは、お主も知っとるじゃろ?」
「それはミチル自身から聞いてたので知ってます。」
「うむ。……あの日はその前から、雨がしばらく降り続いとっての。”お祭り”もやらんことになったし、静かに寝てられると思ったんじゃ。一人の女子が、ウチの境内に駆け込んで来よっての、そやつの親父さんが追っかけてくると、取っ組み合いの喧嘩を始めよって。何度か繰り返し、組み合いをしてるうちに、その斜面から踏み外して、ふたりとも転げて落ちていきよった。」
「落ちていった? 2人共?」
「そうじゃ。親父さんの方はそのまま、林道に近い下の方まで降りていって、気がついた頃には自力で駅の方へ戻っていきよった。そしてあの子はというと、途中の楢ナラの木に引っかかったようでの。そこでしばらくは、意識を失っとったらしい。」
「雨はなかなか収まらんどころか、次第に強くなってきよっての。気がついた時には、下手に動かんほうが良い状況じゃった。しかしあやつは、何を思ったか、そのまま足を引きずりながら、斜面を登ろうとし始めての。2・3本上の木に登っていったところでつまづいて、またさっきまで居た楢の木の根本に。何回か似たようなことを繰り返しとったが、そんだけのことをする力がなくなったか、そのまま観念してしもうたのか……。そのままじっと動かんようになっての。最期の時を待ち続けたんじゃろ。」
「日が暮れて夜になる頃には、もう息はしとらんかったようでの。降ってるはずの雨が体をすり抜け、薄汚れた自分の姿が背後に見えた時には、もう全てに気がついとったらしい」
「アイツの親父は……親父さんはその頃何を……?」
「救急車やら、そういった奴らを連れてまた山に戻ってきて、一応は一緒に探そうとはしたらしいんじゃがの。結果として”自分が人を殺めることになった”と知って恐れたのじゃろう。ろくに探しもせず、街の方へ帰っていきよった。夕方になって日も落ちてきて、雨の強さに身の危険を感じたんじゃろうな。一旦は捜索も諦めて、救助隊も引き上げてしもうた。」
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