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「粉が付いているぞ」 ウィリアムはドロシーの目元に手を伸ばした。 その手を、ドロシーは叩き落とす。 「触るな」 「嫌だ」 今度は両手が伸びてきて、無理やり目元をごしごしと拭かれた。 「目が赤いな、泣いてたのか?」 「ンなわけないじゃん。アンタが乱暴にこするから、赤くなったんだろ。お肌が荒れたらどうするんだ」 「その時は、念入りにお手入れのフルコースをしてやろう」 冗談を言えたことに、ドロシーは内心安堵する。 ウィリアムと顔を合わせたとたん、暗雲の立ち込めた心が少しだけ軽くなった。 鬱陶しいウィリアムの言葉も、今はなんだか心を落ち着かせてくれた。 「……パイが、食べたかったんだ」 ドロシーは唐突にそう言った。 「そうか、ドロシーはパイが好きなのだな」 めん棒を握りしめたドロシーの手に、ウィリアムの手が重なる。 「ああ、私の大好物だった。ぱさぱさで、生臭くて、固くて――ロンドン一まずいけど、ロンドン一美味しいって思ったんだ」 延べ棒を卓上に置き、釜の火加減を確かめる。 真っ赤な炎が燃えている。温かい筈の火に近づいても、体は冷たいままだ。 自分に嘘をついたせいで、心が凍りついてしまったのかもしれない。
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