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「毎日、生きていくために必死だった。川に足を浸して、泥の中に手を突っ込んでは金目の物を探した。凍えるほど寒くて、足の感覚が無くなったせいで怪我をしたのも分からずに、傷口が化膿して高熱が出たこともあった。コソ泥たちに言われて、すりをしようとしたこともある。だけど、どうしてもそれだけは出来なかった。私がスリを拒んだせいで仕事が失敗したと、コソ泥に鞭で叩かれたことだってある」 ドロシーの目が深い闇の中に沈んでいくように暗くなる。 「冷たい川に足を浸けてみじめに泥をさらう姿を、橋の上から大人たちは蔑んだ目で見ていた。時々、同情した神父や金持ちが恵んでくれる金を、他の浮浪児たちと奪い合い、たった一切れのパンを食べるために騙し合い、地面を這いつくばって生きてきた。唯一の楽しみは、川の近くの工場から流れ出る温かい汚水に足を浸けることぐらいだった」 告白するように語られる言葉を、ウィリアムは黙って受け入れる。 「そんな私を、冷たく濁った川から引きずり出してくれたのが、マザーだった。……十歳になった私は、もの好きな男に売り飛ばされそうになっていた。マザーはその男に金を払って、私を買ってくれた。そして、何も言わずにミートパイをくれたんだ」 「ミートパイ?」 声をやっと出せたのは、ドロシーがようやく瞳にわずかだが光を灯したからだ。
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