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やっと出かけるのかと息をつく秋哉を尻目に、
「んでも可愛い鈴音をこのままにしとくのも心残りだよな。どう? 春なんかやめて今からでも俺に乗り換えない?」
と未練がましく鈴音の肩を抱こうとするので、秋哉はとうとうぶち切れて、
「よせってば! さてはテメーまたハルと一悶着起こす気かよ。世の中はクリスマスだぜ。恋人同士の常識ってやつを少しは汲みやがれ」
めずらしく正論を言ったつもりなのか、偉そうに胸を張る。
しかしすぐに、
「じゃあ、その恋人の常識ってやつを、オマエから教えてもらおうか」
逆にズイと夏樹に迫られている。
「彼女を家に呼んで飯を食って、まさかそれで終わりとは言わないよな」
意味深な眼差しでチロンとカズエを見やってから、ジリジリと秋哉を追い詰めていく。
「へ?」
夏樹の妙な迫力に押されて、なすすべも無く壁際に追い詰められた秋哉は、
「え? ああ、じょ、常識といえばだなー……」
それでも苦し紛れに何か言おうとしたが、
「ヒッ――」
夏樹の長い指で顎を持ち上げられて、小さな悲鳴をあげた。
夏樹はそれはそれは色っぽい眼差しで秋哉を見つめて、
「こーいうこと、あの子にすんのかって聞いてんの」
低い声で囁きながら、ゆっくりと顔を傾けていく。
「兄として、ちょっと見過ごせねーよな……」
言葉だけなら至極真っ当なことを言っているはずなのに、夏樹の態度や雰囲気が、すべてぶち壊している。
一番ヤバいことをしようとしているのは、夏樹だ。
妖艶に微笑む唇の端をゆるりとあげて、今にも肌に触れそうな距離まで、その綺麗な顔を近づける。
このままどこまでイってしまうのだろうと、手のひらで顔を覆って、その指の隙間からふたりを盗み見しながらカズエは、
『アキってば、お姫さまみたいよね』
つい想像してしまった。
魔王の城に無理やりさらわれてきた深窓のお姫さま。
屈辱に耐えながらも魔王の魅力の虜にされ、こんな風に陵辱される寸前になっても、恐怖よりも自分の感情の方に困惑を隠せない。
初めて味わう甘美な世界の正体を未だ知らず、沸き上がる好奇心につい流されそうになって、恥じらいに頬を赤く染める。
こんなの血迷わない方がウソだ。
そんな秋哉を見ていると、カズエまでつい妙な気分になってくる。
『モット、イジメタイ……』
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