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春一と鈴音、それから夏樹が出かけていくと、
「はあーっ」
秋哉は息をついてダイニングの椅子に座り込んだ。
「やーっと行ったな。ウルセーやつらだぜ」
それからカズエに視線をよこして、
「話を合わせてくれて助かったよ」
「別に――。最初から私は、何も聞かされてなかったし」
鈴音は、秋哉とカズエをふたりきりにすることを、ひどく心配していた。
どうやら秋哉とカズエが付き合っていると思い違いをしているらしい。
そんなことは全然ナ・イ・ノ・ニ……。
急に悲しい気分になって、放り出してあったボウルに手を突っ込むと、再びコネコネコネコネを始める。
それにみんな行ってしまうと、夏樹が言っていた言葉がまざまざとよみがえってくる。
「料理は腕だけじゃねーの。好きな女が俺のために作ってくれる味、これが一番肝心なとこ。だからね、俺よりも鈴音に教わった方が秋には効果あるの」
この言葉の意味、今になってやっとわかった。
夏樹の言う秋哉の『好きな女』とは、きっと、
――鈴音のことだ。
言われてみれば、ストンと納得できる。
「スズネってばとれぇクセにそんなことばっか言い出すから」
秋哉はずっと、鈴音のことばかり気にかけている。今日カズエを呼んだのって、鈴音についたウソに引っ込み付かなくなっただけだ。
なんでそんなウソをつく必要があるのか。
兄を婚約者である鈴音に、余計な気を使わせないためじゃないか。
そんな風に思ったら、カズエはちょっと泣けてきそうになる。
だってカズエと秋哉は悲しいぐらい、オトモダチな関係。
それ以外の、……なにもない。
丸めたハンバーグを力任せにボウルに叩きつけるカズエに、秋哉はビクッと身をすくませた。
「おい……。なんか、手伝うか?」
カズエはギロッと秋哉を睨みつけると、
「いい。邪魔だから」
秋哉はぶんむくれて、
「邪魔ってなんだよ、邪魔ってよー」
ブツブツ文句を言うが、カズエの気持ちは、唐変木の秋哉になんか絶対にわかりっこない。
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