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秋哉と向い合せに座って、
「いただきます」
と手を合わせる。
遅めのランチを前にして、秋哉は、
「お、美味そうじゃん、すげぇ」
素直に褒めてくれる。
カズエはここぞとばかりに胸を張って、
「そうでしょ。頑張ったんだから」
「お、おう――」
とたん、秋哉の動きが止まる。
カズエを見たまま動かなくなる。
「アキ?」
何を見ているのかと、自分の胸のあたりを見下ろすが、特段何もない。
「……」
が、ハッと気がついて、慌てて胸を隠して体をそむけた。
「……」
ジトッと秋哉を睨みつけてやるが、秋哉の視線は動かない。
どうやら、カズエの胸を見ていたわけではなさそうだ。
『じゃあ何を?』
見られるほどの胸でもないことをちょっと落胆して、秋哉の視線を追ってみれば、
「――!」
思わず椅子を鳴らしてテーブルに腰をぶつけた。
いる!
壁際に真っ黒い『G』という名の虫がいる。
「〇※▽▲◇□#!?」
言葉にならない声をあげて後ずさろうとしたが、
「待て、動くな!」
秋哉の押し殺した声に、中腰のまま固まる。
秋哉はうめくように、
「刺激すると、……飛ぶ」
「ヒッ――」
考えるだけで恐ろしい。
カズエは小刻みに顎を動かして同意の意を示すと、
「じゃあ、どうすんの?」
唇だけ動かして聞く。
秋哉はゆっくりと手のひらを上下させた。
どうやら『座れ』と言っているらしい。
カズエが椅子に腰を落ち着けると、秋哉はGから目を離そうとしないまま、部屋の隅のラックを指さした。
「あそこに新聞紙がある」
「うん」
「カズ、任せた」
「!」
何を任せるというのか、カズエに何をさせようというのか。
まさか――。
「ウソでしょ、殺虫剤どこよ」
慌てて視線を戻して、テーブルに打ち伏すようにして訴えるが、
「ダメだ。せっかくのオマエのメシが台無しになる」
秋哉の言葉に、一瞬キュンとなる。
「……」
だが、それどころじゃないと頭を振って、
「私はイヤよ。あんたがやって」
ここは秋哉の家だし、カズエは客だ。
なんで客にG退治なんかやらせようとするのか。
しかし秋哉は、
「……すまねぇ、アレだけは無理なんだ」
「アキ?」
よく見ると、秋哉はタラリタラリと冷や汗を垂らしている。
椅子に座ったまま動かない肩が細かく震えている。
「ごめん、アレだけはオレは無理。カズ頼むよ」
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