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「料理を教わるのなら、俺より鈴音の方がいいかもね」
すると夏樹は、何かに気づいたように目を細めて笑い、
「アキは心配しすぎなんだよ」
聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で呟くと、
「頼めるか鈴音」
今度はグルンと首をねじ曲げて、声を大きくする。
顔を逸らす寸前の、ものすごく優しい笑顔が、ひどく印象に残る。
びっくりしたカズエだったが、その瞬間、本当にすぐ近くにいた秋哉に気づいた。
秋哉がまるでボディガードのように、カズエの真後ろに立っている。
いつのまにか、秋哉と夏樹にぴったりと挟まれる形になっていて、カズエはとても驚いた。
そして夏樹に名指しされた鈴音は、カズエよりももっと驚いている。
「え、私?」
恐る恐ると自分の顔に人差し指を向けて、
「でも私の料理の腕は、夏樹の足元にも及ばないよ」
「おー、自分のことはよくわかってるねー」
夏樹はすっとカズエの側から離れていって、よしよしと鈴音の頭をグシャグシャに撫でまわす。
せっかくセットした髪を台無しにされて、
「もうヤメテよ夏樹」
でも夏樹は、
「髪型ばっかり気にしたって、いつもとあんまし変わんねーよ。可愛い可愛い」
「どうせ私は夏樹みたいに美人じゃありませんよっ」
怒らせるような憎まれ口を叩いてはいるが、それでも結局は鈴音のことを『可愛い』と褒めているし、もしかしたら夏樹は、好きな相手を虐めたくなるタイプなんだろうか。
カズエがなんとなく首を傾げていると、
「カズちゃん。料理は腕だけじゃねーの。好きな女が自分のために作ってくれる味、これが一番肝心なとこ」
いつの間にか夏樹が、いたずらっぽい笑みを浮かべてた顔をこちらに向けている。
「だからね、俺よりも鈴音に教わった方が秋には効果あるの、この意味わかる?」
「え?」
夏樹が口にする『好きな女』という単語にドキリとするし、そして夏樹の言う意味もよくわからない。
なんでカズエが作る料理は、鈴音の味の方がいいのだろう。
わからないが、
「ああもう! さっきから余計なことばっか、ウッセーんだよナツキは」
秋哉が大声をあげたので続きは聞けなかった。
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