一話:完成しない脚本

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一話:完成しない脚本

 フレームの向こう側は、私の知らない世界だった。  私はカメラのほうを気にしながらも、演技をしないといけなかった。声をマイクが拾ってはいけないから、同じクラスメイトの役の子と一緒に、口パクで演技をする。  今日はテストだね、いやになっちゃう。私はそんな演技をしていたけれど、向こうはどうだか知らない。クラスメイトの一番格好いい男の子の話題をしていたのかもしれないし、図画工作の時間がうっとうしいという話をしていたのかもしれない。  私たちが口パクで演技をしている隣では、真剣にクラスメイトの演技がカメラで映されている。照明の温度が熱いけれど、それに気付く素振りを見せてはいけない。 「本当に、この事件の犯人はこのクラスにいると思う?」  凜とした雰囲気のあの子は、普段は脚本を読み合わせのとき以外はグーグー寝ているとは、私たちしか知らない話だ。カメラはそんなことを拾わない。  ただフレームに収められたこと以外は、決してお茶の間で流れることはないからだ。 「カット! お疲れ様! いやあ、いい演技だったね」 「ありがとうございます」     
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