一話:完成しない脚本

7/23
前へ
/151ページ
次へ
 私がどんどんと落ちぶれていくのを、お母さんはすごい形相で睨んでいた。私が事務所をクビになってからはお母さんとすっかりとギクシャクしてしまい、朝と夜の食事のとき以外はほぼ、一緒にいることはなくなってしまっていた。  そんなことを思い返しながら、私は人気のなくなった廊下をてくてくと歩く。そのとき、ふと空を見上げる。  オーディションのときに順番待ちで窓の外から見上げていたのも。エキストラとして撮影の順番を待っているときも、ただ空を見ていることだけはずっと好きだった。無関心なものが多過ぎる私の中で、数少なく関心のあるもののうちのひとつが、空の色だった。  今日の空の色が鮮やかだった。こんな色をカメラに収められたら……そう思ってスマホをかざしてみる。充電が厳しくって、録画機能を使うことができなくっていっつも撮影機能だ。パシャンとカメラに収まった絵を見ながら、私は満足した。  鮮やかなオレンジ色の雲に、青い空のコントラスト。  私のスマホの写真フォルダーには、空の写真ばかりが収められている。  それにいい気分になりながらスマホをポケットに入れたとき。  風がぶわりと吹いた。私の背中の鞄がはためく……うん、はためく? どうも寝ぼけてきちんと留めていなかった鞄がはためいて、中に入れていたプリントを奪い去っていく。 「ちょっと……待って!」  プリントの内容は大したものではなかったけれど、渡さなかったらお母さんが怒る。私は慌てて飛んでいったプリントを追いかけていった。  中庭を超えて、着いた先は予備室棟だった。普段使っているのは校舎棟で、選択授業以外ではほとんど使われていない予備室棟は、授業が終わったせいもあって閑散としている。人気のない校舎に入るのは不気味だったけれど、入らないことにはプリントを回収できない。 「……お邪魔します」     
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加