一話:完成しない脚本

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 つくるのを想像してげんなりしてきたところで、暇つぶしにパラリ。と捲ってみた。 背景:晴れ、線路の向こう  ト書きで延々と綴られたそれは、紛れもなく脚本だった。そこに描かれている話は、瑞々しい文章で、拙いふたりの男女のやり取りが描かれている。  仲のいい男女。友達とも恋人とも書かれていないふたりが、彼女の転校がきっかけで離ればなれになることがわかっていた。そのふたりが最後に旅行に出かけるという内容で、あちこちに出かける様が描かれている。  背景には端的に天気と短い情景しか書かれていないにも関わらず、私の瞼の裏には何故かくっきりとその情景が浮かんでくる。  夏休みに出かけるのだから、きっと緑の深い匂いがし、線路に蒸した砂の匂いがする。廃線の線路の上を、綱渡りのようにはしゃぐ女の子と、それをやれやれと笑いながら見守る男の子。  転校だけでお別れということは、きっとメールもスマホアプリもない時代……でも男女がふたりで出かけられるくらいに開放感がある時代だから、平成初期だろうと当たりを付けながら、私は次から次へとページをめくっていた。     
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