1話

1/31
前へ
/211ページ
次へ

1話

 雨が降っている。  雨足は早くて細かく、おまけに斜めに向かって降ってくる。傘、何の役にも立っていないじゃない。  嫌だなあ、今日はバイトの終了時刻が遅れたから。一番雨強い時に帰る羽目になってさ。まあこれで少しは残業手当がもらえたと思えば、何てことはないのかもしれないけど、気分の問題だ。  自給と残業時間をかけて、いったい何円割増になったんだろうと、姑息なことを考えつつ、私は右手で傘を、右肩には鞄を、そして空いている左手で、雨でぴょこっぴょこっと跳ねっ返る髪を押さえつけていた。本当に嫌な雨。まあ六月に雨が降るのは自然なことだし、雨降らなかったら異常気象とかって天気予報で騒ぐんだろうけど。  そう取り留めもないことを考えている間に、私の住んでいるアパートが見えてきた。  私は傘を閉じてクルクルと折り畳んで階段を昇ろうとして……。階段の影に人がいる事に気が付いた。  あれ、やばくない? 途端に私は鞄をぎゅっと掴む。  私の住んでいるアパートは、アパートとは言ってもアパートではない。訳がわからないと思うけど、本当の話。     
/211ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加