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3)オンリークリスマス
―――伊藤君。メリークリスマス。
小川の声を思い出す。
伊藤にとって彼女との一番の思い出は、奇しくもクリスマスのものだった。
小学4年の冬。あの日は雪が降っていた。
伊藤にとって特別な、唯一のクリスマス。
山本から話を聞いた日の放課後、伊藤はなんとなく上代神社に足を運んでみた。
確かに絵馬がいくつも括られており、様々な願い事が書かれている。ここはご丁寧に『絵馬の書き方』といったものが掲示されており、そこには『神様にも誰の願い事かわかるように名前も書いた方が良いでしょう』とある。
なるほど、それで皆こんな誰の目にふれるかもわからないところでも願い事の後に名前を書いているのか。
いくつか見てるうちに小川の絵馬を見つけた。確かにあいつの物だ。苗字はありふれているが名前が少し珍しい。この組み合わせで、この地域に同姓同名は可能性が低そうだ。
絵馬の書き方以外にも、この神社に関する説明書も見つけた。その中にはこの神社が特に何に御利益があるのかもきちんと書かれている。
皆けっこう適当なんだな。山本なんかコレ特に関係ないだろ。
まあ、とはいえそれだけってこともないからいいのかとも考え直していると、鳥居をくぐって神社に入る人影に気付いた。それはまさかのタイミングというのか、小川本人だった。
彼女はまっすぐ神殿前まで進み、お参りを始めた。手を合わせ、目を閉じる彼女からはどこか切迫したものを感じる。小川はいったい何を願っているのだ?
参拝も済み、帰ろうと歩き始めた小川は伊藤の姿を見つけた。
一瞬、強張った表情でハッとしたがすぐにいつもの柔らかい笑顔で伊藤の元に近づいてきた。
「珍しいね、伊藤君がこんなとこにいるなんて」
「ああ、ちょっと合格祈願に」
「早いなー。まだ一年あるよ」
「こういうのは早過ぎるってことはないんだよ」
小川は?と伊藤が訊く。
「何願ってたの?」
「・・・内緒。こういうのは人に言うものじゃないでしょ?」
俺は言ったんだけどな、と思いながらも、さっきのは嘘だったのでまあいいかと流す。
「中村とはうまくいってる?」
「うん。伊藤君がそういうの聞くの意外」
そう言って少し笑う彼女を見ながら、伊藤は何か違和感を感じていた。
影。陰。
それを小川の笑顔の裏側にどこか感じた。
結局、その日は何も聞き出せないまま別れ、それから数日が過ぎていた。
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