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プロローグ
誰かがキーボードをタイプする音で意識が浮上した。
長谷部 涼にとってその音は、何千、何万、何億、何兆と聞いて来た馴染み深い音であり、普段なら殊更気に留める音でも、ましてや眠りを妨げるような音でも決して無い。
にも関わらず、そのタイプ音は妙に神経を刺激したのだ。
(誰だ? PC勝手に触ってる奴……)
完全に目が覚める直前の胡乱な頭でそんなことを考え、自分の身体の一部とも言えるそれに無遠慮に触られていることに強烈な嫌悪感を覚える。
文句を言ってやろうと身体に力を入れた頃になってようやく疑問に思う。
両親は自分が幼い頃に他界した。同期の中では最速の昇進を果たしている職場での人間関係も無味乾燥なものなら、リアルで友人と呼べる人間は誰一人いない。
要は、涼の部屋を訪ねて来て、あまつさえ勝手にパソコンに触れられる、触れさせる程度に気心の知れた人物など皆無なのだ。
「誰だテメェ――っ!」
瞼を開き声を荒げながら身体を起こして絶句した。
そこは住み慣れたアパートの一室ではなかった。
ただ、どこまでも白い空間が広がっている。
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