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「もうっ。足りない食材取ってくるから、ご飯くらい準備してなさい」 「あっ、米ない……」  拭き終わったダイニングに着いて、スマホを弄っていた桃は、気まずげに顔を上げた。 「はあっ?!」 「だって俺、パン食だもん。いっ、いででで……」  首根っこを掴むと、あたしは自分の部屋に引きずって行った。 ー*ー*ー*ー  社会人の日曜日の午後は、貴重な一時だ。  戦場に繰り出す前の、休息の聖地。荒波を泳ぎ続けて辿り着いた、安らぎの入江。  録り溜めたドラマを一気に見るはずのソファーには、グレーのセーターを着た桃が丸くなっている。 「仕様がないわね」  呟いて、若草色の毛布を掛ける。そこだけ春の日溜まりのようだ。  オムライスの後の洗い物を片付けて、あたしはコーヒーメーカーのスイッチを入れる。  ダイニングのチェアに座って、桃の寝顔を眺めながら、コーヒーを待つ。  あたし山田亜栗(あぐり)と、アイツ川口桃夜は、母親同士が双子姉妹のイトコだ。元々仲の良い姉妹は、同じ年に結婚し、3年後に出産した。  「桃栗3年柿8年」――結婚8年目に第2子は誕生しなかったが、3年目に生まれたあたし達に「桃」と「栗」、ふざけた名前を付けてくれた。  幼い頃から両家はしょっちゅう行き来していたし、母の誕生日は合同で祝ってきた。桃のお父さんが、中国に海外赴任するまでは。  小学生になったばかりの桃を連れて行くことを躊躇った彼の両親は、うちに預けることにした。桃のお母さんは、1年だけの予定だからと、慣れない環境で暮らす夫に付いて行ったのだ。  ところが、1年、2年……とお預かり期間は伸び、結局小学校の6年間を、桃は山田家で暮らした。  小さい頃から色白の桃は、女の子にモテた。おっとり優しい性格も人気の理由だったが、反面男の子からは妬まれ、よくイジメられた。  だから、あたしが強くなったのは必然だった。  コーヒーメーカーが小さな音を立てる。白いマグカップにたっぷり牛乳を入れ、コーヒーを注ぐ。猫舌のあたしには、少し(ぬる)めのカフェオレがちょうどいい。 「ん――いいニオイ」  むくりと身を起こすと、桃はこちらを見上げた。
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