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すっかりとピザを食べ終われば、再び白い手に集中する。部屋の扉に生えていた手はまたふっと消える。さっきまで、ピザを食べていた幸福感が嘘のように緊張が漂うと、次に手が現れたのは僕のベッドが置かれている真上だった。
壁になら移動出来る、その手の恐ろしさに改めて頭を抱える。部屋の中心にしか居場所がないと言う事は壁に添って置かれている家具は使えない。ベッドも勉強机も、何もかも。その深刻な状況に目頭が熱くなる。お母さんもお父さんも僕の言葉に耳を貸さないのだから、この状況を理解して貰えない。あまりの絶望感に打ちひしがれた。
そんな僕を知るよしもなく、お母さんがピザを食べ終わっているか確認しにくる。扉から顔を覗かせ、空っぽになったピザの箱と半分に減ったコーラを見て口を開いた。もう既にしっかりと化粧をしている。いつもより濃い色の唇。
「食べ終わってるなら、ご近所さんに挨拶に行くわよ。」
お母さんの言葉に勿論僕は乗り気じゃない。そんな事をしている場合ではないのに、伝わらない事に苛立ちを覚える。不機嫌そうな僕に気づいているのか、いないのか…いや、気づいてても関係ないのだろう。お母さんは部屋へと入ってくると僕の手首を握って有無を言わさずに僕を連れ出す。
意に反する事ではあるが、あの部屋から離れられるのは有難かった。バタバタと引越し準備をしている中、僕の居ていい場所はあの部屋しかなく、部屋以外に行くには連れ出して貰うしかない。
お母さんに手首を握られたまま、僕は部屋を出た。まだ、引越し業者とお父さんは家具の位置を直したり使用済みのダンボールを片付けたりで忙しそうだ。だが、ある程度住みやすそうな空間が作られている。
お母さんは空いている手で、引越しの挨拶ついでに配るお菓子の入った紙袋を手に持ち、部屋で忙しなく作業する姿を尻目に僕と共に家を出る。まず、最初はお隣さんに挨拶をするようだ。
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