待ち焦がれ

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「お母さん!」  幼い声と共に思いがけず強く右腕を引かれ、驚きながら村上千紗が振り返ると、そこには同じように驚いた表情をした男の子がいた。 「……あれ?」  一拍おいてそう呟いた男の子は、千紗の腕から手を放すと辺りをきょろきょろと見渡し始める。どうやら千紗を自分の母親と間違えたらしい。迷子だろうか。男の子は千紗に背を向け改めて母親を捜しているのだが……。  千紗も彼と同じように辺りを一瞥し、この人混みだ、母親と言えど見つけ出すのは容易でないことはすぐに分かる。  千紗は今、自宅の最寄り駅から電車で十五分程度揺られ、それからおおよそ十分歩いたところにある小規模の自然公園に来ていた。この公園には中央に大きな池があり、その池を覆う並木に彩られ、春は桜、秋は紅葉で小さな名所となっている。  ちょうどこの時期は紅葉が見頃だ。気温もそれほど低くなく、見事な秋晴れと祝日による連休。加えて、近くの神社でお祭りが開催された今日はいつも以上に多くの観光客で溢れていた。屋台も並立しているせいで、それが混雑に拍車をかけている。  この子が親と離れてどれくらい経つのか分からないが、すぐに親らしき姿も声も認められない以上、下手に動き回ったところで何ら意味を成さないだろう。
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