待ち焦がれ

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 さて、そんな中不安そうな面持ちでしきりに周りを見遣るこの子を、放っておくわけにもいかない。千紗は出来る限り優しい口調で彼の背中に声をかけた。 「お母さん、いる?」 「……いない」  千紗のことを思い出したように、男の子は振り返った。  そんな彼を安心させようと千紗は隣に置いてある荷物を膝に移動させ、ベンチの空いたスペースに男の子を誘った。  一定の間隔で池の周りにはベンチが設けられており、池の向かい側の紅葉をゆるりと眺められる、所謂ここは特等席だ。  偶然にもこの特等席を確保できた千紗は現在、ここで人を待っているところだった。  とにかく、千紗の待ち人が来ないことにはここを動けない。まずはこの子を落ち着かせ、待ち人が来た後により広い場所に出て案内所に向かおう。この子が休むには最適な場所のはずだ。  千紗の意図は当然汲み取れない子供だが、警戒する様子もなく男の子は千紗に従った。浅く座った彼はそれでも文字通り地に足が着かず、ぶらぶらと持て余す。  その間もずっとベンチの背後の通りに気を配り親が通らないか確認していた。 「お母さんとここに来たの?」 「うん。お母さんと、お父さん」 「車で来たの?」 「そうだよ!」と、大きく頷きながらその子はようやく千紗の方に顔を向けた。 「でもね、いつもは歩くんだよ。お父さんと二人の時はね、車に乗らないんだ」 「そうなの? ここからお家、遠くないんだ」 「違うよ。でも、お父さんのケンコーのためだって。それに、僕、歩くの好きだからいいんだ」 「そうなんだ、偉いね。歩くのはとっても良いことよ」  そう相槌を打つと、男の子ははにかんだ。先程の動揺が嘘のようにご機嫌が良くなる。その様子に千紗も安堵した。
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