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水滴の問い
いつからか雨の日、通勤電車の窓に当たる水滴が文字のように見えるようになった。
窓にぶつかり、進行方向側からの風に流された雨粒が、達筆すぎる毛筆みたいな文字を綴る。
おはようとかがんばれとか読めるから、俺の疲れた意識がただの水の流れをそう読んでいるのだろう。
でもそうじゃなかった。文字は本当に綴られていた。
残業を必死に終わらせ、どうにか飛び乗った最終電車。
駅に着く少し前から降り出した雨が、いつものように窓に文字を生み出す。
となりのひとはだれですか
隣? 隣に人なんていないぞ?
辺りを見回してみるが、隣どころか周りのどこにも人の姿はない。
いったいどういう心理状態が、水滴をそんな文字に見えさせたのか。
内心で首を捻りながら窓を見る。するとそこにはさっきとまったく同じ文面が記されていた。
となりのひとはだれですか
一言一句同じ問い。けれどただ一つの違いは。
横目で窺っても肉眼には何も映らない。けれど文字が綴られたガラス窓には、確かに俺の隣でこちらを見ている男の姿が映っている。
となりのひとはだれですか
新たな雨粒が窓に当たり、どれだけ水滴が流れても窓に浮かび続ける文字。
隣の人は誰なのか。その答えは俺の方が知りたいよ。
水滴の問い…完
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